思うこと

2020年7月 1日 (水)

DTFC(ドグタウン・フライボール・クラブ)のタイムの標準が上がっています。

最近DTFCのトレーニングに参加して思うことがあります。

ここ数か月でトレーニングに参加している犬たちのタイムが上がっています。



1~2年前は4秒を切れる犬は少なく、数えるほどしかいませんでした。

4秒を切るというが遠い夢の時期もありました。


昨日のDTFCのトレーニングでも、4秒を切って走る犬が当たり前になってきています。

4秒000が基準になり、どこまで早くできるかという考え方になっています。

「まずは4秒000まで」



ここ数か月、チームキャプテンのKOUSUKE の新しいいメソッドでトレーニングしてきました。

その結果が表れてきたのだと思います。

特定の犬だけ速くなるのではなく、トレーニングを受けている犬がみんな速くなっています。


ちなみに

ブリスク3秒52

BOON3秒72

SONY3秒72

カタナ3秒84

キャンディー3秒94

ラピス3秒99



2週間前3秒56だったブリスク。

3秒52まで短縮してきました。


ドリームタイム(パスなしベストタイムの合計)を計算すると14秒80!



今までの日本のフライボールの定式が変わってきているのを感じています。




もうひとつ。

『カボッチャ』という素晴らしいトレーニング環境を手に入れたことも大きな要因になっていると思います。

全天候型インドア、フラットな床(外では少しの凸凹があります)、アメリカのレースと同じゴムマットの床面。

素晴らしい環境でトレーニングできることに感謝しています。



今のDTFCのスタンダードタイムは4秒000ですが、次世代のフライボールドッグたちが活躍するころには
このタイムがどうなっているのか楽しみです。


ハンドラーの研ぎ澄まされた感覚、それにこたえる犬との高次元のコミュニケーションがフライボールの魅力です。

1/1000秒のドラマを楽しんでいます。

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2020年5月 5日 (火)

私のチームを輝かせる個性豊かな犬たち

私はディスクドッグという競技に出会い、ディスクドッグプレーヤーとしてかれこれ23年がたちます。

間もなく四半世紀を迎えます。

SONNAR(ソナー)で14頭目に犬になります。


私のディスクドッグ人生は個性豊かな犬たちと共に存在してきました。

チームの個性が大切なディスクドッグフリースタイルです。

圧倒的な存在感のあるパートナードッグがいて成り立っています。

その犬たちの個性に助けられたといっても過言ではないと思います。





『アデル』というエアデールテリアから始まったディスクドッグフリースタイル。

世界で唯一のエアデールテリアのフリースタイルディスクドッグといわれていました。

過去にアメリカのティムガイブがエアデールテリアでフリースタイルを行っていました。

ビデオを入手して何度も見ていました。

アデルは11歳まで現役でドグタウンカップに参戦していました。





次は私のドッグスポーツ人生を変えた『マトラ』です。

2頭目のエアデールテリア。

ぬいぐるみのような容姿と、爆発的なパワーを持ったジャンプ。

そのギャップこそがマトラの個性でした。


マトラとのペアで2011年USDDNワールドファイナル(世界選手権)で15位でワールドファイナリストになるとともに、
2011年のフェイバレットエンターティナーという素晴らしいいタイトルを獲得しました。

USDDNワールドファイナル出場という私の夢をかなえてくれたマトラでした。





次は『ギャンブー』というMIXです。

スタッフォードシャーブルテリア×オーストラリアンシェパードというMIXは、なんともとぼけたキャラクターでした。

そのとぼけた感じとスーパーなジャンプが魅力でした。

自然とほほえましくなるキャラクターでした。


ギャンブーは2015年USDDNワールドファイナルに出場しました。ジュには確か24位だったかな。

再び夢舞台に連れて行ってくれたギャンブーでした。



今はこの3頭はこの世にはいませんが、私のディスクドッグを支えてくれた犬たちです。

個性の強い犬たちに出会えたことに感謝です。






そして・・・・・今は

『SONY』というウイペットがいます。

こいつもものすごい個性を持ったスーパードッグです。

ウイペットという超少数派のフリースタイルディスクドッグです。


目に見えないという表現が当てはまるような俊足。

ウイペットとは信じられないほどの爆発的なドライブ。


ディスクドッグはもちろん、フライボールでも活躍。

フライボールというドッグスポーツの楽しさを教えてくれたのがSONYです。

それ以降SONYの俊足を生かすトレーニングを続けてきました。

レースでもよい結果が出ています。

SONY6歳。

世界にチャレンジですね。





よくもまあこれほどの個性豊かな犬たちが私のもとにやってきたと思います。

みんなキャラ濃いです!

キャラクター際立つ犬たちとドッグスポーツを楽しんでいます。


私ごとのどうでもよい長文にお付き合いありがとうございました。



人生を変えてしまう犬たち。

感謝とともにその偉大なるパワーを感じています。

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向かって右から初代ディスクドッグのタバサ(ラブラドールレトリバー)
2代目アデル(エアデールテリア)
3代目ケイト(ビアデットコリー)





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2020年4月26日 (日)

接触を避けディスクドッグゲームを楽しむ

JDDN(ジャパンディスクドッグネットワーク)ゲーム。

『オンデマンドトロフィーズ』

インターネットでつないで行うディスクドッグゲームです。

ジャッジはジャッジ本部にてワールドチャンピオンが行います。


地域ごとにリジョンを立ち上げ(北海道2か所、関東5か所、中部、京都、四国、九州、カナダ、アメリカ他)行います。

今回7回目を迎えるオンデマンドトロフィーズは、コロナの影響で各地域でリジョンを立ち上げたところは北海道リジョンと、
わがBBフィールドの北関東リジョンのみになりました。

そんな中、個人参加(個人で映像を撮って配信)でも参加可能となったため、個人参加のチームも多数ありました。


そして、接触を避けてこの時期でも安全に開催することができました。




このゲームはもともと地方や海外の住むディスクドッグチームが、JDDNメジャーゲームに参加できないというハンディキャップを補うため、
日本あるいは世界のどの地域にいても参加できる、インターネットを使った世界選手権を開催することが目的でした。


今回のような人との接触が困難な中、このゲームが意外な新たな価値を見出すことができました。

その結果は、人と未接触で世界と戦えるゲームができました。



メジャーゲームの四万十カップや、HDLトロフィーの開催が中止の中、貴重なディスクドッグゲームになりました。





私自身、今年は特別な思いで参加しました。

安全の確保に配慮して、多方面からの影響を検討して、リジョンを立ち上げました。

そんな・・・共通の思いからか・・・・・

参加チームみんなの気持ちが

『繋がっている』

というのを強く感じました。


特に個人参加でエントリーしたチーム。

場所の確保、音響、ビデオ撮影、タイムカウント、エクスキューションなど準備し、プレーする。

その努力と決断に感動しています。



この時期行動を自粛するのが当たり前の中、ディスクドッグが大好きで、
ゲームに出たいという気持ちをかなえてくれたオンデマンドトロフィーズ。

久々のディスクドッグゲームを楽しみました。


 P.S.
 今回のオンデマンドトロフィーズはDTノイズで配信されます。
 ジャッジコメントが楽しみです。



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2020年4月24日 (金)

今、伝えられること(2003年ドグタウンカップ)

外出ができないこの時期、ドッグスポーツイベントの中止も相次いでいます。

こんな今だからこのブログで伝えられることを書いていきます。


今回はドグタウンカップ。

2002年。

第一回ドグタウンカップが行われました。

今から18年も前になります。


私は第一回ドグタウンカップを観戦をしていました。

全国からフリースタイルチームが集まり、レベルの高いゲームに感動したのを覚えています。


当時まだあまり普及していなかったデジタルビデオカメラ(テープ)で撮ったものを、VHSにダビングして何回も何回も見ていました。

ディスクドッグフリースタイルの情報が非常に少ない中、このビデオが教科書のようでした。



2003年。

第2回ドグタウンカップ。

思い切ってエントリーし、出てしまいました。

当時は1日スケジュールの開催で、決勝ラウンドはナイターで行われました。

11月の昭和村総合運動公園は気温も下がり、吐く息も白く、ナイターの照明と相まって何とも言えないドラマチックな雰囲気でした。




バウンドバウからは2チームがエントリーしていました。


アデル(エアデールテリア)が私のパートナーでした。

ターンや走りのスピード感の表現ができない犬でしたが、終了後のジャッジコメント(ジャッジはもちろん平井寧氏)では

「キャッチセンスの良さやオーバーのジャンプなど、エアデールテリアのストロングポイントを生かすように」

とのアドバイスをもらいました。


その瞬間、ちょっと前が開けた感じがしました。

「アデルでもっと頑張ってみよう」

そう思った瞬間でもありました。


あまり緊張はしないタイプですが、この2003年初めて出場したドグタウンカップはそれはそれは緊張しましたよ。

今までのディスクドッグゲームの中でも最高レベルの緊張です。


全ラウンドが終わった時の爽快感はいまでもはっきりと記憶に残っています。

順位とか関係ない、大きな達成感。

これがドグタウンカップなのか。

そんな思いでした。


その後、ドグタウンのセミナーに参加することで、アデルとのチームも成長していくことができました。

以後2010年(アデル10歳)までドグタウンカップに出場を続けました。


私たちが勇気をもって参加したことにより、ドグタウンカップはバウンドバウメンバーの大きな目標となりました。

翌年から参加チームが増えていきました。





2003年、当時のドグタウンカップはUSDDNルールではなく、ドグタウンカップオリジナルルールで行われていました。

1ラウンドは7’Sフリースタイル。

7枚のディスクで規定のトリックを自由なルーティーンで行うというものでした。

2ラウンドはトス&フェチだったのか?記憶にない。

決勝ラウンドは2分間のフリースタイル(これは今とほぼ同じ)でした。


今では信じられないことですが、決勝ラウンドフリースタイルが終わった直後に、
フィールドでそのチームのアドバイスがもらえるというシステムでした。

全チームです。

これがすごく勉強になり、フリースタイルの理解が深まったのを覚えています。



2003年。

第2回ドグタウンカップ。

私にとっては最初のドグタウンカップ。


「ディスクドッグ、これはスポーツだ!」

そんな感覚に変わった瞬間だったのかもしれません。

そして、さらにディスクドッグにのめり込んでいきました。

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2020年4月20日 (月)

今、伝えられること(2007年USDDNワールドファイナル)

ドッグスポーツイベントやゲームの中止が相次いでいます。

残念ですがこの時期を乗り切るしかありません。

このブログもディスクドッグゲームやドッグスポーツイベントのレポートを伝えてきました。

2週間弱ほどブログも自粛していましたが、思い切って先週末より復活させました。



ゲームもイベントもない中で今伝えられることを考えてみました。

今だから伝えられること・・・・・




私自身2007年より10年間、ディスクドッグの世界選手権『USDDNワールドファイナル』に参加してきました。

映像記録として訪れるとともに、2010、2011、2015年はプレーヤーとしても戦ってきました。


そんな2007年から10年間のUSDDNワールドファイナルの記憶に残っている私のベストシーンなどをこのブログで伝えていきたいと思います。

USDDNだけではなく、ドグタウンカップなど、沢山あった素敵な出来事も書いていきます。



まずは私の初めてのUSDDNワールドファイナル。

2007年、13年前か・・・・・


2007年はケンタッキー州ルイビルで行われました。

ジョージア州アトランタに到着して2日後、ルイビルまでの15時間のロングドライブ。


会場に到着して思わぬハプニングが待ち受けていました。

いつものフィールドが使えず、人工芝のフットボールスタジアムに変更されていました。


みんなの犬を待機させ、すぐさまYACHIが自分のパートナーDOGとフィールドの状態をチェック。

数投キャッチしただけでパッド(肉球)がすりむけてしまうことがわかりました。

「このフィールドでゲームができるのか?」

このままゲームを放棄して日本に帰るか、ゲームに参加するかの選択に迫られました。

日本チームの犬のけがを心配するyachi。


そして最善の安全策を準備して参加を決定。

夜遅くまでショップを回り、犬の足に巻くバンテージを買い集めるyachiの姿がありました。

心強かったのを覚えています。



そんな中、2007年USDDNワールドファイナルが始まりました。

バウンドバウから日本予選をクオリファイした2チームが参加していました。

桐沢&ジェット(ボーダーコリー)チーム。

清水千春&マリン(ラブラドールレトリバー)チーム。

長い時間、ともにトレーニングしてきたバウンドバウのチームメイトです。


フィールドに立つ2チーム。

輝いていました。


この2チームの音楽が流れてきた時・・・・・

感無量になりファインダーをのぞく私の手は震え、自然と涙が・・・・・

カメラマンとしてこんなことは初めてでした。





2007年。

平井俊介が初めてUSDDNワールドファイナルにチャレンジした年でもありました。

翌年からの全米選手権(usddnインターナショナルファイナル)3連覇という大記録の一年前のことでした。




今は亡き、映像クリエーターのダンと初めて出会ったのも2007年のルイビルでした。


私にとっての最初のUSDDNワールドファイナル。

素晴らしい経験の連続。

私のディスクドッグ人生を変えた素敵な旅でした。


USDDNワールドファイナルは2008年から、場所をジョージア州カータスビルに移して行われてきました。

今ではルイビルウィ知らない世代も増えてきました。


2007年USDDNワールドファイナルの話はまだまだありますがまたの機会に。


PS
USDDNワールドファイナルの写真は当ブログmyphotoから見られます

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2007年USDDNワールドファイナル
清水千春&マリンと桐沢&ジェット(若い!)
記憶に残る感動のシーンですね
清水千春&マリンチームは全米選手権(usddnインターナショナルファイナル)3位に輝きました
なんと!となりはパムマーチン




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2020年4月18日 (土)

今できること

この時期イベントの中止やドッグスポーツのゲームも延期や中止が相次いでいます。

USDDNワールドファイナルも延期になり本年のファイナルクオリファイゲームの中止になっています。

一年延期になり2021年がカナダ、2022年はポーランドというスケジュールが発表されました。


このブログも自粛していましたが、ドッグスポーツに携わる一人として、またこのブログを書いていきます。




ドッグスポーツでは私の最も近くで、私の進む道を提案し続けてきたドグタウンファクトリー。

今日、代表の平井氏とゆっくりミーティングができました。


ドグタウン工房はドッグスポーツを行うすべての人のモチベーションや、目指す目標を維持するため、
すでに一丸となってこの局面を乗りきる対策を始めています。

ドッグスポーツを続けられる環境を維持するため、収益を除外しした取り組みには頭が下がります。



私もこれに追従すべき、バウンドバウでは安全を確保しトレーニングスキルの向上に努めていくことが私の使命と考えています。

ドッグスポーツはアニマルスポーツゆえ、自分が我慢することで解決できないことも多くあります。

この時期、犬のコンディション維持に苦労されていることともいます。


そんな中バウンドバウでは接触を避け、時間差でのBBフィールドの使用管理を進め、
トレーニングを行える環境も準備しています。

愛犬とのトレーニング継続のためのプランを用意しています。


取り組みは始まったばかりです。

微力ながらスポーツドッグのために無い知恵を絞り頑張っていきます。



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2019年10月11日 (金)

思い出深い台風の中のゲーム

台風の接近を知られるニュースが流れています。

昭和33年以来の大型台風の関東接近。

心配です。

大きな被害が出ないことを願ってます。


過去いくつかのディスクドッグゲームが台風接近の中行われたことがあります。

台風直撃ならば当然中止になりますが、進路がそれて開催が決定されることもありました。



台風の中行われた、思い出に残っているゲームがあります。

2011年9月

場所は強風のメッカといわれる御前崎。

台風の進路も直撃をまぬがれたため開催されることになりました。


このゲーム、USDDNワールドファイナルクオリファイのラストゲーム。

最後の可能性かけたチームが集まってきます。

私&マトラも最後のチャレンジ。



会場につくと前日の大雨でフィールドは水たまりがたくさんできています。

まだ残る台風の影響で、強風が吹き荒れ、時々晴れ間あり、大雨ありの目まぐるしい天気。

それでもラストチャンスにかけるチームは、ゲーム、が開催されたことに感謝。

思いっきり戦うことを心に決めていました。


大雨で中断あり、強風でディスクがまともに飛ばない・・・・・

荒れたゲームになりました。


私&マトラ(エアデールテリア)チームは荒れたゲームの中1,2ラウンド終了時点で3位という順位につけることができました。

このままいけばクオリファイ確定ということになります。
(上位5チームがクオリファイ)




決勝の3ラウンド前。

さらに天候が悪化。

強風と大雨で視界も悪くなってきました。


主催者がプレーヤーを集めて緊急ミーティング。

決勝ラウンドをキャンセルするか続行するかを協議。

1チームでもキャンセルの要望があれば、中止にするとのこと。

その場合2ラウンド終了時点の順位が確定。

クオリファイも確定します。


集まったプレーヤー全員が続行を希望。

最後まで戦って決着をつけることになりました。

なんか熱いものを感じました。

真のスポーツマンシップってこういうものなのかな。


私自身もこのまま中止になれば、クオリファイと表彰台が確定します。

でも、このまま終了してほしいという感覚は全くなく、決勝ラウンドを戦いたい気持ちでいっぱいでした。


あるプレーヤーに言われた一言にハッとしました。

「酒井さん いい順位につけていますから優勝を狙ってくださいね」

頭の中はクオリファイでいっぱいでした。

JDDNメジャーゲームのチャンピオンのチャンスが手の届くところにあるのか・・・・



決勝ラウンドは、どのチームも気持ちのこもったプレイでした。

強雨強風でルーティーン遂行はおろか、キャッチさせるのも難しい中の激しいい戦いでした。


結果は4位。
USDDNワールドファイナルクオリファイを獲得。


ゲーム終了後は狭いテントに集まっての表彰式でした。

戦いきった充実感で満たされた素晴らしいいゲームでした。

この時、本気で戦うことのすばらしさを知った瞬間だったかもしれません。


この戦うモードのままUSDDNワールドファイナルに参戦。

私&マトラは2011フェイバレットエンターテナーアワードのを受賞することができました。




帰路は幹線道路の通行止めが相次ぎ、15時間かかって帰ってきました。


もしこのゲームが中止になっていれば、マトラのUSDDNワールドファイナルへの道はありませんでした。

翌年3月マトラは突然この世を去ってしまいました。

本当に最後のチャンスだったのですね。


心に残る、そして私のディスクドッグ人生を変えたゲームでした。

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2011年USDDNワールドファイナルのマトラ

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2019年10月10日 (木)

DTFCの美学

DTFC(ドグタウンフライボールクラブ)のチームキャプテンの平井皇介氏。

彼の持つノウハウやトレーニングメソッドでトレーニングを続け、日本新記録を出すことができました。


フライボールという競技はタイムレースなので速さにこだわるのは当然です。

0.1秒のタイムを削るため日々トレーニングをしています。



では、タイトルのDTFCの美学の話をしていきます。

DTFCチームキャプテンの皇介がこだわっていることがあります。

そのこだわりはDTFCチームにとってチームの雰囲気やチームカラーを作っている重要な部分でもあります。


ポリシーとか、こだわりいうより、美学と呼んだ方が適切なのかな。


『フライボールの美学』



ではそれは何なのか・・・・・?

短い言葉で伝えるのは難しいいですが。


一言でいえば
「フライボールという競技が素敵に見えること」

BOXターンも、ジャンプを走り抜ける姿も、タグにアタックする時も犬が美しく見えること。

ハンドラーも異常な興奮ではなく、冷静に正しく犬にMAXなエナジーを伝えレースを行うこと。


速いチームほど素敵。

速いチームほど美しいい。


ドグタウン工房の手掛けるディスクドッグや犬ぞりは、すでにこの域に到達しています。

皇介の考えに賛同し美しいいフラーボールを目指しています。


タイムという大きな目標とともに、DTFCでフライボールを続けていくもう一つの目標になっています。


DTFCでフライボールができることの価値。

このチームの一員として戦えることを誇りに思っています。

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2019年9月17日 (火)

私のドグタウンカップス

私にとっては18回目のドグタウンカップス。
(ドグタウンカップの時代から)


実はドグタウンカップ以前のドグタウン工房主催のディスクドッグゲームは密かに見に行ってました。

ディスクドッグ観戦マニアの私にはレベルの高いフリースタイルを見ることのできる貴重な場所でした。

ディスクドッグセミナーなどなかった時代、ビデオを撮り自己流で技の研究をしたのを思い出します。



ドグタウンカップ第1回目は、2代目バウンドバウ代表が参加のため応援と見学で参加でした。

見ているだけでワクワクするスゴイゲームでした。

もちろんビデオを撮って何回も何回も見ました。

ビデオカメラも今のように普及していなくて、バウンドバウ代表がこのために購入したビデオカメラで撮って、
VHSにダビングしてみていました。

そんな第一回ドグタウンカップでした。



私は第二回ドグタウンカップから参加しています。

バウンドバウ代表が作ってくれた一本のドグタウンカップ参加への道。

この時は4チームで参加しました。


その後JDDN主催のゲームとドグタウンカップはバウウドバウの主戦場になっていきました。



ディスクドッグフリースタイルの黎明期だった当時、ミステリアスジャッジに翻弄されていました。

そんな時にドグタウンカップに出会いました。


参加したクラブ員全員が納得できる正当な評価をしてもらいました。

ものすごく感動たのを覚えています。



正当なジャッジングは時として厳しいい順位になったり、自分の実力不足を痛感したりもします。

でもこれこそがスポーツのあるべき姿です。

甘くはない世界ですが、何より心地よい居場所になっています。


勝者を心より祝福でき、リスペクトできることも素晴らしいことです。

これも正当で公平なジャッジングがあってのことです。



ドグタウンカップ。
今はドグタウンカップス。

日本中、世界中からチームが集まる世界有数のビッグゲームに成長しました。

その陰には、ドグタウン工房の一貫したポリシーと継続した努力があってのことと思います。


私自身もスタッフとして参加するようになって、たくさんのことを学びました。

それがディスクドッグを続ける力になっています。


ディスクドッグプレーヤーの目標でもあり、あこがれの存在でもあるドグタウンカップス。

思いっきりディスクドッグを楽しみ、本気で戦えるゲームがあることに感謝。



2019年ドグタウンカップスが終了しました。

喜びををもって終了するチームもあれば、悔しさや涙もあります。

表彰式では参加したチームを讃えあい、みんな笑顔みんなになっていました。



関東直撃の台風で被災した地域に住むチームの参加もありました。

復旧しない状況の中、生活はもちろん、練習もままならない状況でチャレンジしたチーム。

ドグタウンカップスへの強い思いを感じ、心がジ~ンときました。



それぞれのプレーヤーの思いの詰まったドグタウンカップス。

たくさんの感動をありがとうございました。

2020またお会いしましょう。

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2011年のポスター
私のパートナーマトラ(エアデールテリア)が出てます(左の写真)









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2019年9月12日 (木)

ドグタウンカップスに出場する意義②

本日も海外からの参加者が続々到着しています。

北海道や関西からも到着。

明日の夕方にはほとんどのチームがそろいます。


昨日に引き続き、ドグタウンカップスに出場する意義について書いていきます。

私自身は16回目のドグタウンカップスです。

出場した過去の15回、優勝もしていなければ表彰台に上がったこともありません。

ワールドチャンピオンが複数含む、世界のトップチームが多数参加のビッグゲーム。

トップ15に入ることが大きな目標となっています。



勝てないゲームにどうして出続けるのか?

それはドグタウンカップスだから、という答えになってしまいます。


ゲームなので順位にこだわり戦うことは当然なことです。

ベストを尽くし全力で戦うことの素晴らしさも、このドグタウンカップスで学びました。




そんなドグタウンカップス、私自身もう一つの戦いがあります。

それはドグタウンカップスとの戦いなのです。


日本最大のディスクドッグフリースタイルゲーム。

日本で唯一の国際ゲーム。

キング・オブ・キング、
チャンピオンの中のチャンピオンを決めるゲーム。


毎年このビッグゲームに出続ける。

そんな戦いもあります。



自分の前にそびえたつ最高峰のディスクドッグゲームに、果敢にチャレンジするすべてのチームが勝者なのです。

そして輝いています。


順位という結果は後からついてきます。

優勝チームがいれば当然最下位委のチームもいます。

でもどのチームもドグタウンカップスという、とてつもない大きな相手にチャレンジしているのです。




ドグタウンカップスに出場することの意義。

私なりに書かせていただきました。

2回にわたる長文へのお付き合いありがとうございました。


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