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2020年4月24日 (金)

今、伝えられること(2003年ドグタウンカップ)

外出ができないこの時期、ドッグスポーツイベントの中止も相次いでいます。

こんな今だからこのブログで伝えられることを書いていきます。


今回はドグタウンカップ。

2002年。

第一回ドグタウンカップが行われました。

今から18年も前になります。


私は第一回ドグタウンカップを観戦をしていました。

全国からフリースタイルチームが集まり、レベルの高いゲームに感動したのを覚えています。


当時まだあまり普及していなかったデジタルビデオカメラ(テープ)で撮ったものを、VHSにダビングして何回も何回も見ていました。

ディスクドッグフリースタイルの情報が非常に少ない中、このビデオが教科書のようでした。



2003年。

第2回ドグタウンカップ。

思い切ってエントリーし、出てしまいました。

当時は1日スケジュールの開催で、決勝ラウンドはナイターで行われました。

11月の昭和村総合運動公園は気温も下がり、吐く息も白く、ナイターの照明と相まって何とも言えないドラマチックな雰囲気でした。




バウンドバウからは2チームがエントリーしていました。


アデル(エアデールテリア)が私のパートナーでした。

ターンや走りのスピード感の表現ができない犬でしたが、終了後のジャッジコメント(ジャッジはもちろん平井寧氏)では

「キャッチセンスの良さやオーバーのジャンプなど、エアデールテリアのストロングポイントを生かすように」

とのアドバイスをもらいました。


その瞬間、ちょっと前が開けた感じがしました。

「アデルでもっと頑張ってみよう」

そう思った瞬間でもありました。


あまり緊張はしないタイプですが、この2003年初めて出場したドグタウンカップはそれはそれは緊張しましたよ。

今までのディスクドッグゲームの中でも最高レベルの緊張です。


全ラウンドが終わった時の爽快感はいまでもはっきりと記憶に残っています。

順位とか関係ない、大きな達成感。

これがドグタウンカップなのか。

そんな思いでした。


その後、ドグタウンのセミナーに参加することで、アデルとのチームも成長していくことができました。

以後2010年(アデル10歳)までドグタウンカップに出場を続けました。


私たちが勇気をもって参加したことにより、ドグタウンカップはバウンドバウメンバーの大きな目標となりました。

翌年から参加チームが増えていきました。





2003年、当時のドグタウンカップはUSDDNルールではなく、ドグタウンカップオリジナルルールで行われていました。

1ラウンドは7’Sフリースタイル。

7枚のディスクで規定のトリックを自由なルーティーンで行うというものでした。

2ラウンドはトス&フェチだったのか?記憶にない。

決勝ラウンドは2分間のフリースタイル(これは今とほぼ同じ)でした。


今では信じられないことですが、決勝ラウンドフリースタイルが終わった直後に、
フィールドでそのチームのアドバイスがもらえるというシステムでした。

全チームです。

これがすごく勉強になり、フリースタイルの理解が深まったのを覚えています。



2003年。

第2回ドグタウンカップ。

私にとっては最初のドグタウンカップ。


「ディスクドッグ、これはスポーツだ!」

そんな感覚に変わった瞬間だったのかもしれません。

そして、さらにディスクドッグにのめり込んでいきました。

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